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闘い続ける。 日本から来た悪魔に。 一九九一年、日本から輸出される原発に揺れる台湾の貢寮(コウリャオ)で 原発に反対する青年が無実の罪で投獄された それから7年、獄中に向けて一人の女子学生が手紙を書き始めた 進んでいく工事のこと、 それでも反核を貫く人々のこと、 そして志半ばに、亡くなっていく老人たちのこと、 原発をめぐる歴史の中で 政治でもなく、経済でもなく、科学でもない 本当に信じるべきものが、きらめき始める ■日時:3月19日(日)午後1時30分開場 午後2時〜4時30分 映画と話 ■場所:まちづくり市民交流プラザ6階マルチメディアスタジオ ■お話:反核自救会・呉文通会長 チェ・スーシン監督 ■入場料:500円 ■監督:チェ・スーシン/台湾 撮影の期間中に何人もの人の他界に遭遇し、いまもその映像を見るときは悲しさを禁じえない。 彼らにとって原発に反対することは、まさに、この土地を愛すること、この海を愛すること、家族を愛することであったのだ。貢寮の彼らの姿を見て、彼らの声に耳を澄ませてほしい! 日本は原発の輸出国であるので、この貢寮の話を紹介することを通じて、少しでも皆様に関心を寄せてもらえれば幸いです。 新鋭ドキュメンタリー作家チェ・スーシンが 六年の歳月をかけた珠玉の映像 台湾・韓国・カナダで絶賛を浴びて いよいよ日本語版が登場 監督 :チェ・スーシン 上映時間:89分 言語 :台湾語・北京語音声 中文 日本語 英語字幕 ★2004年宜蘭国際緑色映画祭観客選考優秀賞 ★2004年南方映画祭選出 ★第27回金穂賞最優秀ドキュメンタリー ★2005年韓国ソウル緑色映画祭出品 ★2005年台湾地方誌映画祭入選 ★第三回香港社会運動映画祭出品 ★第14回 EARTH VISION 地球環境映画祭出品 連絡先:原発はごめんだヒロシマ市民の会・溝田(0829-27-6062) 共催団体:ボイス・オブ・ヒロシマ(082-892-3386 増田) プルトニウム・アクション・ヒロシマ(082-888-4541 西塔) ノーニュークス・アジアフォーラム(06-6833-5323 佐藤) ホームページ:http://www.SelectOurFuture.org/gongliao/ 3/19(日)「こんにちは貢寮」上映会報告 3月19日(日)、台湾第四原発反対運動を描いた映画「こんにちは貢寮」の上映会が「原発はごめんだヒロシマ市民の会」「プルトニウム・アクション・ヒロシマ」「ボイス・オブ・ヒロシマ」「ノーニュークス・アジアフォーラム」の共催で行なわれました。 1980年代、住民に対する説明なしに貢寮が台湾第四原発の建設予定地に選ばれました。独裁政権による戒厳令下のため、住民は、ほとんど抵抗することができませんでした。しかし1987年に学者が貢寮を訪れ、住民に放射能の危険性を伝え、反対運動が始まりました。 1991年10月3日、警察と住民との衝突で警察官が1人死亡したため、1人の青年が殺人罪に問われ、服役することになってしまいました。そのために貢寮の人々は心に深い傷を負ってしまったと映画の中で反核自救会会長の呉文通さんは語っていました。映画の冒頭で女性ナレーターが「源さん」と語りかけていましたが、殺人罪に問われた青年が「源さん」だったのでした。 それからも第四原発反対運動は様々な困難に立ち向かうことになります。台湾の民主進歩党(民進党)の陳水扁氏は第四原発建設中止を公約に掲げ、総統に当選したのですが、当選後、妥協せざるを得ず、遅々とですが建設は進められているのです。映画では、抗議の焼身自殺をする人も描かれていました。 映画で救いとなっているのが、「源さん」が仮出獄で貢寮の人々のところへやってくる場面でした。反核自救会会長の呉文通さんが、「源さん」を、感極まって言葉もなしに抱きしめているのです。映画の紹介で書かれている「本当に信ずるべきもの」「きらめき始める」ものが何か、わかったような気がしました。 台湾第四原発は、2003年6月12〜13日、ピースリンク広島・呉・岩国、原発はごめんだヒロシマ市民の会、プルトニウム・アクション・ヒロシマが、被爆地ヒロシマから台湾への原発輸出反対ということでバブコック日立への申し入れ、海上抗議行動を行なったことがあるため、関わりがあります。行動には私も参加しましたし、昨年亡くなられた大庭里美さんも参加しておられました。この行動は小規模ではありましたが、貢寮の第四原発反対運動の人々を励ましたということを言われ、嬉しかったと同時に、どれだけ少数であっても国境を越えて連帯する運動をつくることの大切さが確認できたことが、自分としては大きかったと思います。 「源さん」は、広島で行なわれた上映会の2日後の3月21日(火)に釈放されました。「源さん」、呉文通さんをはじめとする貢寮の人々の幸せを願うと同時に、これからも国境を越えた連帯で非核の東アジア、そして非核の世界(非核のグローバリゼーション)を共にめざして行きたいと思いました。 (伊達 純)
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